『そんな運命なら 全部捨てて 二人で逃げよう』

喉元まで出かかった あたしの弱さ
あんたは 静かに微笑むだけ








月の明るい夜だった。

「綺麗な満月だな」

そう言うと、葉は縁側で涼んでいるあたしの隣に腰掛けた。
 
「眠れないのか?」
 
夜風が葉とあたしの髪をかすかに揺らしていく。

「…月を見てただけよ。あんたこそ、もう遅いわよ」
 
明日も早いんだからさっさと寝なさいよ、と続ける。


少しの間、黙って空を見上げていた葉は、ふいにこっちを向いてあたしの顔をみつめた。 
月の光を映し込んで不思議な色に澄んだ葉の瞳が、あたしの目を覗き込む。
 
「アンナ」

「大丈夫だ」

そう言うと、彼はいつもの様に笑った。

「いきなり何なの」

言いながら、あたしは心の中を見透かされたことに動揺してあわてて視線を逸らした。 

「大丈夫だ。シャーマンキングにはオイラがなる」

葉が繰り返す。

「当然よ。その為にあたしが来たんだから」

あたしの言葉に、葉はもう一度微笑んだ。

「だから心配すんな」

「昼間の試合、あいつ強かったからな」


「…心配なんてしてないわ」

少し置いてあたしは答えた。

「葉は強くなったもの」


それは本当の気持ちだった。あたしは葉がシャーマンキングになることを確信してる…。 

風が強くなり、流された雲が月を隠した。暗くなったのはあたしにとって好都合だった。言葉とは裏腹な今の表情を、葉に見られたくなかったから。


゙シャーマンファイト INトーキョー゙ 東京都のはずれのこの島で、ファイトが始まってから三日。ハオとX-LOWSの闘いは熾烈を極めていた。つまらなそうにX-LOWSの人間を殺していくハオの姿を、あたしも葉も、黙って見ていた。


「心配なんて、してない」

もう一度、強い口調で繰り返す。そう、心配などしていない。葉が敗れる心配などは。
声が知らずに震えていた。


葉の手が、あたしをそっと引き寄せた。そのまま、何も言わずにあたしの背中を軽く叩く。

あたしは涙をこらえられずに、葉の胸に顔をうずめた。


葉はハオを倒す。そしてシャーマンキングになるだろう。それが葉の道なんだから。

でも。


でも、その道の途中に、葉は幾つの悲しみを越えなければならないのだろう…  


冷たくなった夜の空気の中で、葉の体温だけが温かかった。

ごめん、と呟いたあたしに、ああ、と短く答えて、葉はあたしの涙を指で拭った。




雲が切れて、再び月光があたし達を照らし出した。

「さぁ、そろそろ部屋に戻らないと風邪ひくぞ」

もう一度、強くあたしを抱きしめてから、葉はそっと腕を離した。 

どちらからともなく、また二人して空を見上げる。

夏のにおいを色濃くし始めた五月の夜空に、満月はやわらかく浮かんでいた。





この頃はまだ"蘇生"なんていう奥の手を知らなかったので、
X-LOWSの面々の死はそれなりに衝撃的でした。


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