距離 「もう…少しなのに…」 あと3センチほど背が欲しい、などと。 考えたところでどうなる訳でもない。あたし(恐山アンナ)は、らしくない馬鹿げた考えを振り払うと、再び棚の上の本に向かって手を伸ばした。 ここはパッチ族がS・Fに出場する選手の為に用意した選手村。ひなびた民宿ばかりじゃなく、此処には何故か結構な蔵書を誇る図書館まであって。あたしは時間をみつけては通うようになっていた。 葉達が闘う相手チームの事やパッチ族の歴史や何か、そしてこの闘いの根源的存在であるG.S.について。それらは実戦では大して役に立たない事柄かもしれなかったが、得られる情報なら出来るだけ多く集めておきたい、とそう思ったからだった。 「あぁ、もう」 思わず口に出してぼやく。目的の本は指先ほんの僅か先。だけど、その僅かな距離に手が届かない。 (――やっぱり無理ね。) 諦めて、高い所の本を取る為に何処かに備えられている筈の脚立を探そうと考えなおしたその時。 「これか?」 声と共に、すっ、と隣から別の腕が伸びて、あたしが苦戦していた棚から一冊の本を軽々と取り出した。驚いて振り向いたあたしの視線の先に立っていたのは。 「…葉」 本を手に、普段どおりのユルい表情であたしを見つめているヤツだった。 「…珍しいじゃない。あんたが図書館に来るだなんて」 「ん?…まぁ、たまにはな」 あたしの問い掛けに葉は気のない返事を返してから、手にした本を興味深そうに眺めた。 「何々…『パッチ族秘伝ダイエット料理・代表的十品とそのレシピ〜今日からあなたもナイスバディー……」 「ち・違うわよ!あたしが見たかったのはその隣りの本よ!!背表紙が緑のやつ!」 慌てて訂正する声がつい大きくなってしまい、自分が今居る場所を思い出したあたしは反射的に掌で口を塞ぐ。 葉はそんな事気にも留めてない様子で、「そうなんか?」と言うと再び本棚へと手を伸ばした。 「これ?」 「そっちじゃなくて、反対側の…」 届かないながら、あたしも腕を伸ばして指先で目的の本を彼に教える。 「この本?」 「そう、それ」 やっと正しく伝わってほっとするあたしの横で、葉が棚から本を取り出す。 彼の肩が、あたしのそれと一瞬触れ合ったと思うとすぐにまた離れた。 「はい、お待ちどうさん」 葉が笑顔で『パッチ族〜S.F.を司る者達とその苦難の道のり(歴史年表付き)』を差し出す。 「…ありがと」 受け取りながら、あたしは鼓動が急速に早まっていくのを感じた。 …ついこの間まで、あたしと変わらない身長だった筈なのに。 ほんの少しではあるけれど、いつの間にか確実に彼のほうが背が高くなっている。その事実があたしを戸惑わせた。 葉は男の子で、あたしは女だから。 だからそれは自然な、当たり前の事かもしれなかったけれど。でも、何だかそれは、この先、葉があたしからどんどんと離れていく事を暗示しているみたいに思われて、おかしな焦躁感に胸を締め付けられた。 「…どうした?読まないんか?」 黙って俯いてしまったあたしに、葉が問い掛ける。 あたしは軽く頭を振って、顔を上げた。 「…読むわよ。…あんたこそ、その本戻さないの?『ダイエット料理』」 「おぉ、これか?オイラもちょっと読んでみようかと思って」 言いながら葉はその場で手にした本の頁をパラパラと繰り始めた。 「――何よ、それ。…あんたまさか、あたしにダイエットが必要だとでも言いたい訳?」 あたしが、わざときつい口調で彼を責めると、途端に、葉はうろたえて弁解する。 「〜!!オイラ別にそんな事言ってないぞ!?何だか面白そうだったから、少し読んでみようかと思っただけで…!!」 慌てる彼に、あたしは、ことさらに冷たい視線を送ってやる。 いつも通りのやりとりが先刻の不安を小さくさせる。更にあたしは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。 そうだ。気にするなんてどうかしてる。葉が強く成長する事を望んでいるのは誰よりもあたし自身なのだもの。 さっきのあれは、ただほんの少し…寂しかっただけ。 葉がどんどん強く、かっこよくなっていくから…その姿が眩しかったから。だからあたしは、何だか一人おいてけぼりをくったみたいに感じてしまったけれど。 「…アンナ?」 あたしは考えるのに一所懸命になっていて、不自然な沈黙に気付いた葉が顔を覗き込んだ事に気付かなかった。 「アンナ」 「?…!!」 突然に、葉があたしを抱きしめる。意識は一気に現実へと引き戻された。 「なっ…葉!?」 慌てて離れようとするあたしの体を彼は更に強く引き寄せる。 「何のつもりよ!こんな…」 所で、と言いかけた時、葉が耳元で囁いた。 「…そんな顔すんな」 「えっ…?」 その言葉に思考が一瞬止まる。 「オイラが傍にいる時に寂しそうな顔するなんて、失礼だぞ?」 次の瞬間、葉は顔を近付けてきた。 「ちょ、葉っ!!」 バシッ、とあたしの右手が彼の頬めがけて飛ぶ。けれど、それは頬に届く前にたやすく受け止められてしまった。 「!…っ」 自分でも気付く。本気で叩くつもりなど無かった事。 そのまま、葉はあたしの背中を本棚に押し付ける。 「…馬鹿…っ…」 再び顔を近付ける彼にもう抵抗する事はできなくて、思わず目を閉じた。 「……」 唇が重ねられる。鼓動が、早鐘のように響き始める。 「…ん」 優しく髪を撫でる葉の手に、目まいにも似た甘い感覚。 持っていた本が床に落ち、コトンと鈍い音を立てた。 そうして何度か角度を変えて暫くキスを続けた後、ようやく彼はあたしを解放した。 「…っ何…なのよ…」 呼吸を乱しながらの抗議は我ながら情けなく聞こえたが、仕方ない。 「だから、寂しそうにすんな、って」 「別に寂しそうになんか…!…それに、場所とか…少しは考えなさいよね…」 最後のほうは言いながら自分で恥ずかしくなってしまい、あたしは改めて周りをきょろきょろと見回した。幸いにも目撃者らしき人影は見当たらなかったが、もしも居たならば、葉は確実にあたしの左手の餌食になっていた事だろう。 「この助平っ」 あたしはほっとしつつも再び葉を睨む。でも彼は特に悪びれた風もなく、 「だけど、一番てっとり早いだろ」 などと微笑って言ってのけた。そして、あたしが落とした『パッチ族の歴史』を拾い上げる。 「…アンナに、」 「――オイラの前であんな顔はさせとけん…もちろん、オイラが居ないとこでも嫌だけどな」 そう言うと、葉は本を手渡した。その台詞と仕草はやっぱりどこか大人っぽくて、また変な痛みがちくりとあたしの胸を刺した。 …まったく。原因が自分自身だって事も知らないで…。…でも。 「葉」 確かに、何か満たされた気がした。 「さっさと本借りて、帰るわよ」 「おぉ。そうするか」 あたしの顔を見た葉が「効果ありかな」と小さく呟くのが耳に入ったけれど、今回だけは聞かなかった事にする。 離れていくんじゃない。それぞれに成長しながら、もっと近くに。もっと解り合う為に。 それを教えてくれた葉に、今だけは感謝していたかったから… あたしは、珍しく素直に自分から葉の手を握った。 「行きましょ」 「ん。でも、ここで読まなくていいんか?そのつもりだったんだろ」 「いいのよ。部屋のほうがゆっくりするもの」 尋ねる葉に、あたしは貸出カウンターのほうへと向かいながら答える。 繋いだ手の温かさに、悔しいほど安心していた。 ――ところが、この後もう暫くは続く筈だったあたし達の穏やかなひとときは直後の葉の一言によって見事に砕け散る事となる。 「…それって、オイラの部屋?」 「?…どっちでもいいけど」 ――要するに、あたしも葉も、まだまだ子供なのかもしれない。 そして葉は、あたしの左手にハードカバーの分厚い本がある事を絶対忘れていたに違いなかった。 「んん…続きは、オイラ自分の部屋じゃないと落ち着いてできな」 ゴッ。 −−Happy(?)End. |
これ…よく考えたらパッチ村な訳で、それって77廻より後な訳で、 それにしては嫁の悩み具合が幼すぎです。 ふんばりが丘図書館(無い)にすればよかったな。 武器(本)など無くても嫁様の左は無敵ですし、色々と変ですが、 自分では葉さんの攻め具合が気に入っています。 |
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