花火



「ほら、懐かしいだろ」
夏の終わりのある夜。葉があたしの前に古ぼけた線香花火を差し出した。少しくすんだ赤と緑の筋の入ったその小さな花火は、幼い頃の思い出をくすぐる。
「…どうしたのよ、それ」
訪ねると、物置から出てきた、と答えた彼はあたしの顔を期待いっぱいの目で覗き込んだ。

「な、久し振りに、一緒にやろう。コレ」
そんな風に見つめられて、嫌とは言えずにあたしは腰を上げた。
「でも…火が付くかしら?古いんでしょ」
あたしの心配などよそに、葉は既に縁側でマッチの準備などしながら『こちらへ来い』と手招きをする。誘われるままに彼の隣りに腰を下ろすと、葉はあたしに花火を一本、手渡した。

「ん、アンナの分」
「…ありがと」
これまた古ぼけたロウソクに、彼がマッチで火をともす。辺りに微かなススの匂いがひろがった。

「さあ、上手く付くかな」
そう言いながら、彼は手にした花火の先をロウソクの火にかざした。
それは暫くの間、ささやかな抵抗を続けていたけれど、やがてパチパチと小さな火花を散らせ始める。
「…へぇ、まだ生きてたのね」
あたしが少し驚いた声で言うと、葉は得意そうに
「な。やってみなくちゃ判らないだろ?」
と返した。

「…アンナのも。」
そう言って、彼はあたしが持っている花火に自分の火花を近付けて移らせる。
何故だか、鼓動が少し速くなった気がした。
やがてあたしの花火もパチパチと音を立て始めて、暫く二人で黙って火花を見つめる。

…線香花火。昔は麻倉の家の庭でよくやったっけ…
小さなその火花はとても愛らしくて確かに郷愁を誘うものではあったけれど、さほど感激もしなかったあたしはすぐに眺めるのに飽きて視線を動かした。

そして。

「!…」

何気なく葉のほうを見遣って、思わず息を飲んだ。
暗闇の中、微かな光に照らし出された彼の姿があたしの思考を停止させる。
火花を見守る彼の表情。それがあまりにも優しくて、見とれてしまった。


「…こういうのってさ」
あたしの視線に気付かない葉が手元を見つめたまま話す。
「どっちのが長くもつか、競争したくならん?」

「…子供っぽいわね…」
あたしは内心の動揺を悟られないよう、できるだけ素っ気ない口調で返事をした。
「大体、あんたのほうが先に火が付いてるんだから、先に終わるでしょ」
「そうか?判らんぞ」
ちらっとあたしを見上げると、葉はすぐにまた視線を手元に戻す。
「じゃあ、競争な」
「…いいけど。きっと、あたしの勝ちよ?」
彼の態度に少し呆れながら、あたしも手元の花火へと視線を戻した。
…そうして二人で同じものを見つめている時間が、何だか懐かしくて心地良い。

そのうち、意外にもあたしの花火の勢いのほうが先に弱まり始めた。
「ええ?嘘でしょ」
思わぬ展開。葉がそれ見ろ、と言わんばかりにこっちを見る。
「負けたほうは、何か一つ言う事をきくんだぞ」
「は!?何勝手に決めてんのよ!」
あたしが焦っているうちに火花はますます衰えていき、遂にポトリと最後の灯を地面に落とした。

「おぉ、オイラの勝ち♪」
得意げな葉の声。
「なんで、あんたのはそんな続くのよ?」
悔しくて、溜息まじりに呟く。

「…日頃の行いじゃねぇ?お、オイラのもそろそろ終わりかな…」
後を追うようにして、彼の花火も勢いを失っていく。
その不埒な発言に思い切り張り倒してやりたい衝動に駆られるが、健気に弾ける火花を最後まで見届けたくてグッとこらえた。

暫くして、残ったほうの花火もとうとうその命を終える。寂しいような、残念なような気持ちからあたしは、思わず小さく息を漏らす。
花火の灯が無くなって辺りの暗闇が少し増した。その時。

「!?」

いきなり肩を掴まれて葉に引き寄せられた。ふわり、と唇が重なる感触。

「……」

軽くキスをした後、葉はそのままあたしを抱きしめた。
「…罰ゲ−ム♪」
突然のことに、遅れて反応し始めた頬が急激に熱くなっていく。
「…本当、子供っぽいんだから…っ…」
照れ臭さから腕の中でもがくあたしを、葉は更にしっかりと捕まえると
「子供の頃はこんな事しなかったろ」
とユルく笑った。

葉の力は意外と強くて、あたしは抵抗を諦める。それを待っていたかのように彼はあたしの肩に顔をうずめた。

「…好きだ」

その囁きに鼓動はますますスピ−ドを上げる。…おバカ、と小さく呟いて目をつむった。


辺りには、まだ僅かに火薬の匂いが漂う。

もう一度キスしてきたら、今度こそ『調子に乗るな』とひっぱたいてやろう。
そんな事を思いながら、晩夏の空気の中、あたしも少しだけ葉を抱きしめ返した。






ルヴォ編発表以前の物なので、二人はフツーに幼馴染です。
運命の出会いで「愛してしまった」のもいいですが、やっぱりこっちも捨て難い。
こうね、お互い徐々に恋心を自覚していくあたりがね、たまらんですよ。


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