77
「…行ってらっしゃい」
僅かな戸惑いを残して、それでも確実に先を見つめて紡がれた旅立ちを告げる彼の言葉に、あたしはそう返すしかなかった。
薄明るい月明りの中で、やけに神妙な顔をする葉がおかしくて、なのに、胸の辺りは締めつけられたように酷く痛くて。あたしは、不自然に歪む表情を見られまいと必死で俯いた。
今更になって押し寄せる惜別の情。堪えられなかった雫が頬を伝うと、葉の指がそれを拭った。
まるで、壊れ物を扱うみたいに。
恐る恐るといった感じであたしに触れる彼にもどかしくなって全身を預けると、抱きとめた葉は囁いた。
「――帰ってくるから、絶対。アンナんとこに。」
「…当然、よ…」
『約束』なんて、する意味もない筈でしょ――続けようとした台詞は上手く声にならなかったから、かわりに届くようにと、あたしはすぐそばにある首筋に唇を寄せた。
びくりと一度身を震わせた葉が、次の瞬間にはきつくきつく抱きしめてくる。
「…アンナ…」
耳元に少し掠れたその声を感じながら、あたしは再び決意した。
――待つわ。それが出来なければ、あんたに見合うだけのいい女にはなれないものね――
体を包む葉の温度に眩暈がした。
倒れそうな程に鼓動も速まって、腕をまわすと夢中でしがみついた。
顎にかけられた指に促されるままに目を閉じる。
そうして、あたし達は初めてだった口づけを交わした。
|