彼女は、おれの「秘密」に夢中だ。 2.秘密 「――今日こそは、おまえの正体を暴いてやる!覚悟しなさい、いんこっ」 いい加減に聞き飽きた文句を高らかに謡いながら、女刑事が楽屋に現れた。 「…恨みでもあるンですかい?そのドアに。壊したの刑事さんだって、ちゃんと劇場主に言っといてくださいよ?」 勢いよく開かれた入口の扉は、元から建て付けが悪くて開くたびに不愉快な音を立てていたのだが、彼女の登場とともに蝶番を一つ、飛ばしていた。 そんな請求、こっちに回されたら、たまったもんじゃないや。意地悪く口の端を引き上げてそう言ってやると、彼女の顔がみるみる赤く染まる。 しまった…というバツの悪そうな表情をするが、その後すぐに、はじめの倍くらいの迫力でおれを睨み付けてくる。 ――かわいいな。 彼女の様子にたじろぎながらも、そう思っている自分が、確かにいる。 「う、うるさいっ、これくらい勢いがないと、おまえをオトせないわ!必要経費よ!」 そんな過激な口説き文句を口にしながら、刑事はズンズンと近付いてきた。 大きな鏡の前。メイクをほぼ終えたおれの顔は、今は金髪で青い目をした白人の青年になっている。 「さぁ言いなさい!今日は誰の宝石を狙ってるの?どーやって盗るつもりなの?!」 両手を腰に当てて、座っているおれを威圧的に見下ろしながら問い詰める彼女を、おれは極上の笑みで迎えた。 ――作り笑いじゃない。自分でもどうしようもない感情が今、おれを支配している。 「…今日は、ただ代役をするだけ。たまにはそういう時もあるの。昔の仲間に頼まれたんだ。」 「ウソばっかり!」 手を伸ばせば届く距離。 そこに、おれだけを見て、頭の中もおれのことだけでいっぱいになってる彼女がいる。 卑怯だと分かっているけれど、おれはこの状況を楽しんでいるんだ。 回転式になっている椅子をクルリと回して鏡に向かい、メイクの続きをするふりをしながら、おれはもう一度微笑んだ。 「刑事さん。まだ逮捕してもいない人間にそんな恐い顔で質問するもんじゃないよ。聞きたきゃ、捕まえてからにすることだね…ま、おれはそんなヘマはしないけど。」 「なによっ!やっぱり盗むつもりなんじゃないの!!」 「だから、捕まえてからにしなって〜」 宝石を盗む方法。その隠し場所。いくつか持っているアジト。 変装していない素顔と、おれの本名。 知りたいなら、今すぐに教えてやってもいいと、本気で思う。 けれど、まだ叶えられずにいる大きな目的を果たすまでは…と、心のどこかでストップがかかる。今までやってきたすべてを、ここでおじゃんにする訳にはいかない。 ひとしきり、いつもと同じやり合いが終わったところで時計を見ると、針は開演の5分前を指していた。 怒鳴りすぎて少々疲れ気味な様子の彼女に声をかけて、おれは立ち上がった。 「もう開演だから、おれは行くよ。刑事さんも、仕事ばっかりしてないで、たまにはゆっくり観劇していきなよ。今日のは、初心者にも分かりやすい演目だから。」 彼女は、上目づかいにギッとこっちを睨む。 「誰がゆっくりなんてするもんかっ、おまえが盗む瞬間を、この目でばっちり見とどけてやるっ!」 「ま〜、せいぜい頑張って。」 楽屋の入口近くに立ちはだかるようにしていた彼女が、おれがその脇をすり抜ける瞬間に小さく一言呟いた。 強い意思の感じられるその声が耳に届いたとたん、おれは理解した。 ――おれは、自覚している以上に、卑怯で姑息な男なのかもしれない! 目的を果たすまで、なんて言い訳を使って、自分をすらごまかしている? なんてことはなかった。彼女との、今のこの関係を壊したくない。それだけじゃないか! 「…逃がさないから!」 振り返ることなど、とてもできなかった。 今、この思いを隠して表情を作るのはさすがに無理だというくらいに動揺しながらも、おれの本音が心の中で返事を返した。 『こっちの台詞だ。』 |
お題提供:創造者への365題 いんこの時は追いかけさせて、男谷の時は追いかけて。 究極のストーカーってキミのこと! 06.08.02 |
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