信じている。 彼が戻ってくること。約束通りに、精霊王の力を手に入れて。 それは確信に近い。 1.ほおづえついて 葉がこの″炎″を出発してから三日が過ぎた。 あたしは、以前にも増して居間にあるテレビの前に居ることが多くなった。 お気に入りの煎餅を片手に、どうだっていいような話ばかりしている番組をぼんやり見つめる。 そうしていると、気を紛らわすことができるからだ。 二階の部屋はいけない。 静かで、隣の部屋の主の不在を嫌が応にも感じてしまう。 居候の少女が心配をするから、夜には自室で横になるけれど、朝が来るまで痛みと戦っている。 実際、あれからろくに眠れてなどいなくて、そんな自分の脆弱さにも、いい加減うんざりしてきた。 (溜息をつくと、画面の中の人間が一斉に笑う。) あたしが彼を待つのは、初めてではない。 むしろ、その逆で、幼い頃から、あたしはいつも待ち焦がれていた。 次に葉が手紙を寄越すまで。電話してくるまで。会いに来てくれるまで。 待たされ続けて、もうとっくに強くなったと思っていたのに。 『愛してる。』 あの夜、怒っているのかと思うほどに真剣な顔をしてあたしに囁いた彼の声が、耳元に甦る。 (あれがいけなかったんだわ。) どうしても朝まで一緒に居たくて、葉の部屋を訪ねた。 お互いに気持ちが溢れて、自然、体を重ねた。 後悔などしていない、けれど、覚えてしまった肌の感触、葉の匂い、囁きが、熱が。 今も体に残るそれらが、こんなにもあたしを苦しめるだなんて。 「…反則、よ。」 この家の霊達だって、あたしの独り言にそろそろ慣れてきた頃合いだ。 あたしは、こんなにも耐えているというのに。今頃きっと、彼はお得意のユルい笑みを顔に浮かべて、仲間を見ているに違いないのだ。 あの優しい瞳で。しなやかな強い心で、前を見ている。 (痛い。) (会いたくて、声を聞きたくてたまらない。) 葉を信じている。 彼なら、この世のすべてを司る精霊王の力をも手に入れるだろう。 そうして、あたしのもとへと帰って来る。それは確信だ。 幼い日に交わした約束。 シャーマンキングになって何とかしてやるって、あの日あたしの為だけに始まった彼の夢だけど、今の葉はもっといろんなものや沢山の人が「楽」でいられるようにと願っていて。そんな彼の成長を喜べるくらいには、あたしだって強くなったと思っていたけれど、そんなのはまるで思い上がりで、あたしはただ脆弱だったのだ。 コト、と硬質な音がして、気が付くと、たまおが手に持った湯飲みをあたしの前に置くところだった。 湯飲みからは、香ばしいほうじ茶の香りと、ふんわりした白い湯気が立ち上る。 「…ありがとう。」 礼を言うと、彼女は常である控え目な態度でぺこりと頭を下げて、盆を持ち直した。 目が合った一瞬。あたしは彼女の瞳の中に自分のものとよく似た光を見つけた。 自分よりも長く葉を見ているこの娘は、おそらく自分より強いのだけれども、それでもやっぱり苦しいのだ。女なんて生き物は、どうしてこうなのだろう、と思う。 「たまお。」 台所のほうへと戻りかけた少女の背中に、あたしは声をかけた。 「…きっと今頃、あんたの煎れてくれるお茶を恋しがってるわよ。」 主語は要らない。 ほおづえつくばかりの女二人の心を占めているのは、あいつのことだけだからだ。 「――だから、じきに帰って来るわ。それまで、いい女は黙って待つものよ。」 本当は自分に言い聞かせる為に口にしたあたしの台詞に、たまおは柔らかく微笑んだ。 ひとつ息をついて、出されたお茶に手を伸ばす。 掌から広がる温かさを、彼にも届けたい、と思った。 |
お題提供:創造者への365題 アンナさんの弱いところと、たまおちゃんの優しいところが書きたかった。 06.05.01 |
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