079:INSOMNIA




頬に触れる温かさに、浅い眠りから引き戻された。

ゆっくりと 撫でるみたいに触れてくる手のひらは、覚えのあるあんたのもの。

瞼を上げて、枕元で恐らくならとてつもなく優しい目をしてあたしを見てるだろう葉と視線を合わせてみたい気もするけれど。だけどもう少し、このままでいたくて、あたしは眠ったふりを続けた。

そうっと。彼は小さい子にするように撫でるから、あたしも本当に子供に戻ってしまったみたいに心地良い。

「…アンナ」

暫くそうしていて、やっと小さく名を呼ばれた所で目を開ける。
覚醒しきらない目にぼやけて映るのは、予想通りに微笑むあんた。

あたしは軽く目を擦ってから、言った。

「何…どうしたの」

本来ならこんな時間、隣りの部屋で眠っている筈の人間に問い掛ける―――聞かなくたって、返事は分かっているのだけれど。

葉は顔を少し赤くすると

「…何か寝付けんくて」

と答えた。

「…また…今夜も?」

聞き返すあたしに

「うん。また。」

そう言ってウェッヘッヘ、とだらしなく笑う。

「…仕方無いわね」

あたしは溜息を一つ。それから体を起こして、軽く両腕を開いて。

そうしたら向こうからも近付いてきたから、目の前の葉の頭を抱きしめた。


「…癖になっとるな、最近」

あたしの腕の中で、目を閉じた葉が呟く。

「気付いてるんなら止めなさいよね」

あたしも不満げに囁きながら、葉の頭に自分のそれを乗せて目を瞑る―――


ここ数日の葉はいつもこう。「眠れん」と言ってはあたしの部屋にやって来る。
あたしが抱きしめて囁いて、それでやっと眠る。


――不眠症、なのかしらね、これは。

困った事なのかもしれない。けれど切羽詰まってはいない――だって、こうすれば眠れるのだから…とりあえず、問題は無い筈だわ。



「なぁ、アンナ」

あたしの背に腕を回しながら葉が呟く。

「何?」

「何だかアンナ、母ちゃんみたいだな」

「…失礼ね」

「すまん。でも、落ち着くっつうか…安心する」

「……」


あたしは、つい先刻まで逆にあたしが彼にそう感じていた事を言おうかどうか迷ったが…言わなかった。――言えば葉が今以上にだらしなく口元を緩める事は目に見えていたから。

だから何も言わずに、ただ抱きしめる腕に力を込めた。

近くに感じる鼓動が、酷く愛しい。


「…アンナ」

「…今度は何」

「ありがとな」

「どう致しまして」

「…愛してるぞ」

「…あたしもよ」

「……」

「……」


「アンナ…」

「うん?」

「ええと…その…」

「…親子なんじゃなかったの」

「うっ…それを言われると辛いんだが…」

「…おバカ…」



――葉だけじゃない、と気付く。


あたしも。いつの間にか待っている。
もう感染してしまっているのだと。


そそくさとあたしを押し倒しにかかる葉の笑顔に、やけに胸が鳴る。


――今夜だけよ…特別だからね?

誘惑に負けた自分には目を閉ざして。全てを、二人を蝕むインソムニアのせいにして。あたしは葉に口づけた。






旦那さんに治す気あんまり無し。


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